開院当初から“病院らしくない病院”をテーマに掲げる当院では、理念実現の軸となる「基本的ケア方針」の徹底に向けてさまざまな取り組みを行っています。これまでの実績と課題、今後の展望について2人のキーマンに話を聞きました。
  • 中島 龍星
    理学療法士臨床部副部長
    理学療法士として開院当時からリハビリテーション専門職を束ねてきた存在。基本的ケア方針の設定にも携わった。
  • 熊木 晴美
    看護師臨床部副部長 法人本部人材開発部副部長
    回復期リハビリテーション病棟で看護経験を積み当院には昨年入職。看護師、介護福祉士、ケアサポーター等の統括、調整役として活躍中。
従来の病院とは異なる
ケアの在り方
熊木さんは、他の急性期病棟・回復期リハ病棟で経験を積んだ後、昨年当院に入職しました。
  • 熊木
    はい。入職して感じたのは、ここでは当たり前に「基本的ケア方針」が実践されているということでした。病棟でのケアは多職種がチームとして結束し“生活の再建”を目指すという目標が根づいていると思います。私が急性期病棟から回復期リハ病棟に転職した当初は、じつは患者さまを積極的に離床させて“寝・食・清潔・排泄を分離する”という、回復期ならではのケアになじめず、食事をベッドサイドまで持っていくことがなぜ悪いんだろう、週に何回もお風呂に入れるなんて可哀想だと思っていました。正しいと思ってしていたことが、当たり前の日常生活からかけ離れていることに、その時は気づいていませんでした。
病院らしくない病院の
在り方を追求する
“病院らしくない病院”とは、どのような意味として捉えていいのでしょうか。
  • 熊木
    非日常の入院生活から当たり前の日常の生活に戻す支援に、全職種がチームとして関わる当院は、従来の“病院”からみれば「病院らしくない病院」と言えますね。
  • 中島
    「基本的ケア方針」について、最初はスタッフから「入浴回数を週3回以上にするのはスタッフの負担が大きいです!」と反対意見もありました。実際、患者さまを浴槽に入れるのは技術が伴う大変な仕事です。それでも話し合いを重ね、継続することで、「これがうちの病院のやり方なんだ」という意識が定着しました。当院は、患者さまが自立した日常生活に戻るための場であるという開院時からの理念が、この方針の大前提にあります。課題はたくさんありますが、理念を着実に実践していると思っています。これからも“病院らしくない病院”の在り方を考え、追求するべきだと思っています。
「基本的ケア方針」は、当院の理念を実現するための指針でもあるのですね。
  • 中島
    その通りです。この方針は患者さまに対して“人としての尊厳を守る、ちゃんと患者さまの生活を見ていく”という宣言とも言えるのかもしれません。
多職種で目的と目標を
共有するための指針
「基本的ケア方針」は、回復期リハビリテーション病棟協会による看護師や介護福祉士を対象とした「看護・介護10か条」を参考に考えられたものですが、当院で全職種共通の業務指針にしたのはなぜですか?
  • 中島
    回復期リハビリテーションに携わるすべての職種において、本来実現していきたい内容が示されていると思うからです。人としての尊厳や生活がとても分かりやすく表現されていて、大切な内容であることが理解できます。つまり、専門職種によって患者さまやご家族に対して関わる内容や方法は多少異なりますが、その関わりの先にある目的、目標は一緒であり、共通する行動目標を持つことで、素晴らしいチームアプローチが展開できると信じています。
  • 熊木
    たとえば、食事の支援を行うのは本来看護師と介護福祉士ですが、当院では多職種が関わります。患者さまの嚥下・咀嚼機能、口腔内の状態を評価し、どのような形態の食事をどのように食べていただけば安全に必要量が摂取出来るかを検討するのは、医師と看護師、言語聴覚士、管理栄養士、介護福祉士、歯科衛生士。また、自分で食べられるようになるための姿勢や上肢の機能改善については、理学療法士、作業療法士と一緒に支援しています。

回復期リハビリテーション病棟協会 「看護・介護10か条」

  • ① 食事は食堂やデイルームに誘導し、経口摂取への取り組みを推進しよう
  • ② 洗面は洗面所で朝夕、口腔ケアは毎食後実施しよう
  • ③ 排泄はトイレへ誘導し、オムツは極力使用しないようにしよう
  • ④ 入浴は週3回以上、必ず浴槽に入れるようにしよう
  • ⑤ 日中は普段着で過ごし、更衣は朝夕実施しよう
  • ⑥ 二次的合併症を予防し、安全対策を徹底し、可能な限り抑制は止めよう
  • ⑦ 他職種と情報の共有化を推進しよう
  • ⑧ リハ技術を習得し看護ケアに生かそう
  • ⑨ 家族へのケアと介護指導を徹底しよう
  • ⑩ 看護計画を頻回に見直しリハ計画に反映しよう
食べられない原因は何か、どのような方法があれば自身で美味しくしっかり食べられるようになるのかを、多職種で知恵を出し合って連携しているのですね。
食事は毎食食堂で。食事中は看護師、介護福祉士とともに、理学療法士、管理栄養士など各職種が患者さまの状態に合わせてケアに携わります。
基本的ケア方針の
推進・継続・進化
異職種が同じ方針の下、患者さまに関わる上で心掛けていることを教えてください。
  • 中島
    退院後の“生活の再建”を意識し、一人ひとりの“その人らしさ”に関する情報を収集し情報共有することを心掛けています。たとえば、もともとお風呂は朝入っていたのか、夕食前だったのか、あるいは就寝前だったのか、さらにはシャンプーが先か体を洗うのが先か、個々にこだわりがあります。そういった入院前の習慣が色鮮やかにイメージできるまで、調査、検討し、そのイメージをもとに支援できるよう努力しています。入院早期に行う家庭訪問などでお伺いするお話は、このような支援を行う上でとても貴重な情報になります。
  • 熊木
    異なる職種が集まるカンファレンスでは、患者さまそれぞれの状況に応じた“生活の再建”に向かうためにアイデアを出し合い、お互いに理解・尊重し共有した上で患者さまに向き合うようにしています。自職種の役割をしっかり認識することが重要ですね。いずれにしても、患者さまを入院前の日常生活に戻そう、退院後の生活ができるだけ自立して笑顔で幸せであるために、私たちに何ができるのか、何をすべきなのかを考え、とことん話し合うことが大切だと思います。
日ごろから患者さまやご家族との信頼関係を築き、『その人らしさ』について情報収集に努めます。
「基本的ケア方針」を継続・進化するための具体的な取り組みを教えてください。
  • 中島
    院内研修の企画や、年1回の方針項目の達成状況の評価などを行うフォローアップ体制を整えました。現場での教育・啓発についても、たとえば理学療法士の場合、担当する患者さまに対して「基本的ケア方針」の実現のために自分に何ができるのかを考え、逆に現在行っている専門的評価や治療が、どのように「基本的ケア方針」につながっていくのかを問うカンファレンスや回診を心掛けています。スタッフ全員、指針内容の水準を下げたくないという意識はとても強く、継続・進化に向けた取り組みは10年間でしっかり根づいてきたと思います。
  • 熊木
    継続していくためには、ただただこなすのではなく、何のためにやるのか根拠を伝え、意味を持って実践できるプロを育てなければと感じています。私たちの価値観で押し付けのケアをするのではなく、患者さまの生活スタイルに合わせて行くことが大切だと伝えています。
最後に、「基本的ケア方針」を継続する為に必要なこと。その上で当院が目指す方向を教えてください。
  • 熊木
    患者さまが退院後にこうなりたい、こう生きたいというところへつなげるという目標は、方針を守るだけでは達成できません。患者さまの“その人らしさ”を感じ取る“感性”や、それを取り戻すために何をするべきかを考える“創造力”など、スタッフ一人ひとりの能力が求められています。個々の専門性や人間力をチームとして結束し力にする。そして、患者さまの“生活の再建”に向けた支援を全力で継続することだと思います。
  • 中島
    退院後のフォローに関して患者さまの身体機能は落ちていないか、“その人らしい”生活を取り戻すころができているかなど、電話による聞き取り調査のほか、五島から受け入れた患者さまの状態確認を目的とした現地訪問などに取り組んでいます。退院後の状態を知ることで、入院中に必要な支援の気づきにもなりますので、「基本的ケア方針」の取り組みの進化につなげていきたいと思います。何より、患者さまが退院する時に「入院して良かった」と思っていただける。そしてスタッフにも、ここで仕事ができる喜びを感じてもらえる病院にしたいですね。
食後は洗面所へ。 口腔ケアは、患者さまが安全に自分で食べるための機能回復を目指すうえで重要な取り組みのひとつ。